「やれ!やれ!」→「やれやれ・・・」

2020/10/19
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仙台市若林区沖野、六郷地区のhal学習塾です。

 

「テスト前なんだからちょっとは勉強しなさいよ!」

 

「数学出来ないんだから数学やりなさいよ!」

 

「英語やりなさいよ!」

 

「漢字やりなさい!」

 

勉強をしない子供にこんな言葉をかけても、

継続してやるようにはなりません。

その日だけ、

それかせいぜい言った後の2、3日・・・

やれやれ・・・。

 

なぜやらないのか?

 

何をしていいのか分からない

ってのは、もちろんあります。

 

ただ、それ以上に子供自身が

 

「やる必要性を感じないから」

なんです。

じゃあ、

「勉強する必要性」を分かってくれたら

やるようになるのか?

 

答えはイェス!です。

必要性を感じてやらない人は

いないんじゃないですか?

 

でもその「勉強に必要性を感じる」

ってのが難しい。

いや、大人がそれを

子供に「感じさせる」のが難しい。

逆に、勉強する子ってどんな子なのか

を考えてみましょう。

 

・行きたい高校や大学がある

・将来つきたい職業がある

・大きな夢や野望がある

などなど。

 

まあ自分の将来のビジョンが

明確な場合が多いです。

勉強ではない場合も、例えば

「プロ野球選手になりたい!」

なんて子は、

親も子もそうなるべく練習に力を入れたり、

どの高校に行くか?

そして甲子園に行くか?

ということを考えて、

それを実現する方法を考えるわけです。

 

じゃあ、そういった将来のビジョンを

「持たせれば」

勉強するようになってくれるのか?

 

ん~・・・難しいかもしれません。

人から言われた将来のビジョンって、

本人が本当に思い描いたものではありませんからね。

もちろん、親子で一緒に考えて、

それが子供のビジョンと合致するようならば、

それに向かって頑張る子になるでしょうね。

 

でも、でも、

小学生や中学生の大半って、

まだ自分の将来のビジョンを

明確にできないと思うんですよ。

これって誰のせいだと思います??

 

はっきり言って、

大人、親

ですよ。

 

大人が、親が、子供に対して

未来を見せてあげる

未来を真剣に考える

接し方をしてこなかった。

これが原因。

じゃあ、「未来を見せる」って何なのか?

 

これは私が思うに、

具体的な職業とかそういうことではなくて

「自立した自分」

をイメージさせること

だと思うんですよ。

要は、親や親せきがいなくなったときに、

どうやって生きていくのか?

 

逆に言えば

 

どうやったら死なないのか?

 

今日の中3の授業でもこの話題になったのですが、

生徒はというと、

「親がいるから大丈夫。」

「じいちゃんち金持ちだから。」

こんなことを言う生徒もいたんです。

自分にはず~っと、

誰か手を差し伸べてくれる人がいる

と思っているんです。

将来のビジョンの大前提って、

「生きていくたくましさ」

だと思うんですよ。

「生きるために何をするのか?」

親や親せきがいなくなって

「どうやって生きていくのか?」

「どうやって金を稼ぐのか?」

「どうすれば死なずにすむか?」

 

こういうことを考えさせてこなかったツケがまわって、

子供が勉強に必要性を感じなくなる。

そうは考えられませんか??

 

今日ご飯が食べられるのはなぜか?

新しい服やゲームを買ってもらえるのはなぜか?

あったかいお風呂に入れるのはなぜか?

Wi-Fi使い放題できるのはなぜか?

 

親がですね、本気になって子供に

「生きるってこういうことだぜ!」

「死なないためにこうやって頑張ってるんだよ!」

って姿勢を見せていく。

それで、見せるだけでなく、

子供自身に「自分で生きる」

ことを考えさせる。

本気で!!!真剣に!!!

 

これ大事だと思います。

 

だから、もし、勉強しなくてもはっきり

「これで生きていける!!」

ってものが明確に見つかれば、

勉強しなくてもいいと思いますよ。

でも、それも難しいんですよね。

 

ん~、難しい・・・。